夢は愚かな避難所

一生見られそうもないものなど、見たいとも思わぬ。

腐卵臭の白昼夢

最近、いつになく眠れていない。睡眠時間は変わらないし毎日見る夢の数もあまり変わらない。しかし日中(とはいえ今日の起床時間は14:30くらい)映画を見に行くと眠くなる。こないだホドロフスキーを2本続けて見たときは2回とも20分ずつくらい寝たし、やっと見に行ったワイズマンも4本中3本は寝た。むかし『インセプション』を初めて見たとき睡魔にやられてほとんど見れなかったが、見直すととても面白かった。作品の良し悪しや相性以前に、自分の体調が整っていないと映画すらも見れない。

しかし最近はそういうことも言ってられないので、寝るとわかっていても無理やり映画館に行っている。

 

今日は映画館に行くために起きてまず、シャワーを浴びた。ドラマで打ちひしがれた男が項垂れながらシャワーを浴びるシーンを見かけるたびに「水もったいねえよ、かっこつけやがって馬鹿じゃねえの」の幼い頃は思っていたが、いまの俺は毎日のように頭を垂れて水に打たれている。その姿は情けない。シャワーを浴びている男優はかっこつけてるのではなく、かっこいいのだ。俺の裸体は、あばら骨だけかすかに浮き上がっているだけで有り余る脂肪に覆われている。ふと気づいたが、裸になると俺は無意識に腹をひっこめている。自分にすら嘘をついている。力を抜くと、とても24歳とは思えない腹がそこにはある。今日から糖質制限ダイエットしようと思う。

トリートメントだかリンスだかを髪に塗りたくってそれが馴染むまでの間に歯を磨く。浴槽の縁に腰かけて磨く。右足を左足の上に組むと、俺のちんこと金玉が組まれた足の上に乗っている。可笑しい。誰かと飯を食っているとき、電車に腰かけているとき、講演を聞いているとき、俺のちんこと金玉は実はこんな風に鎮座していたんだな。男はみんな足を組むとちんこと金玉がそうなるのだろうか。4,5回立っては座り足を組み方を変えて気づいたが、足を開いて座ってから足を組むとちんこと金玉は組まれた足の下にある。他方、比較的足を閉じて座って組むとちんこと金玉は男の腹の前に座る。そんなことが分かった。

2日ぶりに髭を剃ろうと思い定位置に手を伸ばしたが、髭剃りがない。こないだ外泊したとき以来、旅行カバンから髭剃りを出していなかったようだ。髭剃りはあきらめる。身体の垢を擦ってシャワーで泡を流す。そしてシャワーを浴びながら再び浴槽の縁に腰かける。そこで自分の手の爪を使って鎖骨下や背中の手が届く範囲の皮膚をひっかき垢を出す。この癖はいつからだろう。いくら垢すりで身体を擦っても垢(と言うのだろうかあれは)が出る。爪に溜まった垢を流水に流すたびに小学生のとき国語の教科書で読んだ『垢太郎』なる話を思い出す。汚い爺さん婆さんの垢が積りに積って出来た垢太郎なる男の子は、はて何をしたのか思い出せない。あの話に一体どんな教訓があったっていうんだ。きちがいじみてる。俺の垢から垢太郎が出てきたら愛着は湧くのだろうか。臭そうだ。

 

小一時間シャワーに打たれて身体をタオルで拭いコンタクトレンズを入れ化粧水を塗りたくり顎のニキビにオロナインでコーティングを施して髪を乾かす。

 

そういえば年金の督促状が来ていたから、最寄りの年金事務所に電話をかけて払い込み書を送ってほしい旨を伝える。支払が滞っている俺が悪いのに、係の女のなんだかわからない説明にイライラするが、俺が悪いんだと思い直してありがとうございます、お手数かけます、よろしくお願いします、と言って電話を切る。映画の上映時刻まで余裕があるからベッドに横たわってTwitterを見る。ここ8か月使っていたアカウントは削除した。くだらない連中とのだらだらした繋がりが面倒になったからだ。あいつらはマジでセックスの話しかまともにできない。そんな自分たちに嫌気が差している癖に、そこから抜けられないんだから本物の馬鹿だ。だからここ最近は昔のアカウントでTwitterを利用している。

 

ブコウスキーの日記本と矢作俊彦の処女小説と養老先生の唯脳論を入れて家を出る。先に近所のツタヤに寄ってから渋谷の映画館に向かった。今日はシネマヴェーラでワイズマンの『基礎訓練』を見て案の定途中15分くらいうとうとした後、ヒューマントラスト有楽町で『薄氷の殺人』を見る。こっちは面白くあっというまに2時間近くが過ぎた。

『基礎訓練』は米陸軍に徴兵された者たちのタイトル通りベーシックトレーニングを2年間撮ったドキュメンタリー。ベトナム戦争期の訓練風景であるから殺伐として緊張感があるのかと思いきや、ワイズマンの目は虫歯予防講習を熱心に受けへたくそな歯磨きをしている若者たちや、行進がうまくできない今でいうところのギークっぽい青年のぎこちない動き、3秒で20発放つ小銃のお尻を股間に当てて引き金を引くしぐさ、そして笑いながらふざけている実践訓練を映す。訓練は終わり、優秀な成績を収めた訓練生の「アメリカン・スピリット」溢れる答辞(?)でもって映画も終わる。眠っていて記憶も飛び飛びだからえらそうなことは言えないので、これくらいにしておく。ただ、『法と秩序』でベトナム帰還兵の市民が警察官に「俺はベトナムから帰ってきて大変なのにてめえはデスクに座ってるだけかよ、早く対処しろよ」と詰め寄ると警官が「俺はてめえがおしめしてる頃に朝鮮で戦ったんだよ」と言っていたシーンを、答辞の場面で思い出したことと、『エッセネ派』でやたら歌われる聖歌とここで歌われる軍歌には共に嫌悪感を持ったこと、そしてラスト訓練の指導教官の後ろにはためくおそらく陸軍の星マークのロゴがベトナムの国旗とリンクしたことを、自分のために書き記しておきたい。

 

『薄氷の殺人』は最近とある事情で中国映画を見る必要があって見ただけだったがすさまじく面白かった。正直話の筋にはあんまりピンと来なかったが、けばけばしい赤の目立つネオンや凍てつく中国北部の街並みに消えていく吐息にはうっとりさせられた。とにかく独特のカメラワーク(長回しが多用されているかと思ったら思わぬところでカットを入れたり、行きつ戻りつするカメラはあまり見たことがなかった)と彩り(カラオケ館のネオンが街のいたるところにあることを想像してほしい)がクセになる。白昼花火は本当に綺麗だった、あそこだけでも見てほしい。金と時間に余裕があれば2,3回見直したい。無職とはいえ時間は限られている、有職者にはやっぱりなりたくない。

 

日比谷駅から日比谷線に乗って帰ろうと券売機でパスモにチャージしようとしたら隣で30代半ばの酔っぱらったおじさんが「これから行っていい?会いたいよ~。え、明日?明日は子供の野球大会があるから……。本当?いやあ、ミキちゃんが俺のこと好きなのの倍は俺ミキちゃんのこと好きだよ~」なんて甘えた声を聞かせてくれた。気持ち悪い。日比谷近辺で働く男もしょせんこんなもんよ。息子がありながら別の若い女に甘えるなんて気色悪い、そんな男にはなりたくない。

 

日比谷線車内にはいつの間にか赤紫色のゲロがこぼれていてひどく臭った。スマートフォンを見つめながら耳にはイヤフォンをはめた茶髪ロングの女はそのゲロの上に気付かず立っていた。鼻はふさがっていないのに。今日から東京にも花粉が飛散し始めたらしい。『薄氷の殺人』を見ていたときの右隣の女はやたら鼻水をすすっていた。そういえば左のおばさんは上映から1時間過ぎたあたりでおもむろに腐ったたまごの臭いを放つ物を食べていた。