夢は愚かな避難所

一生見られそうもないものなど、見たいとも思わぬ。

まるでだめ

「港の工場へ出勤する工員たちの自転車をバードと友人のオート三輪が次つぎに追いこしてゆく。朝の光に、睡りたりなくて不機嫌で、洗いたての頬を冷たい朝の空気に赤くした工員たちが、キラキラ光りながら自転車で走っていった。かれらは一日の労働をまえにして健康で生きいきとし、そしてどっしりと重い屈託と生命感とをうちにひめていて、そしてバードたちに無責任な好奇心をしめすことはなく、無関心に自分に閉じこもり、自転車で工場へ走ってゆく。バードは自分がもう昨日までの苛だたしい不満足から解放されていることで、その工員たちとおなじ静かな大人のひとりであることを感じた」

 

今朝、駅を東から西へと抜けるとき、ホームレスや単身者らしき大人たち(それは多くが無駄に齢を重ねていてひどく臭った)が朗らかな表情で別れの挨拶を交わしているのを見た。「アラキさんも電車?」「いや僕はもったいないから歩いて帰ります」。日雇い労働を終えた労働者たちだろう。

俺は、財布に当然のように入っているお金で、牛丼とポテトサラダを頼んだ。朝の牛丼屋もまたひどく臭う。注文を取りに来たのは白人ブロンドの女。

 

「あんたも朝から忙しいんだろ がんばって稼ぎなよ 昼間俺たち会ったら お互いに『いらっしゃいませ』なんてな」

 

昨年の年収は10万円だった。一冊の本の原稿料、それだけ。

村上春樹の本のレビューがバズって出版にこぎつけたある男の昨年の年収は、印税55万円と原稿料5万円の計60万円だったとブログに書いてあった。彼は実家暮らしだ。俺も真剣に下洛について考える時期だろうか。アパートの契約更新が迫っている。新年度まで73日。

 

「ぼくが言う日常とか日常性とかいうものは、そしてそれが本質的に創造行為と切り離して考えることが不可能だと思うことは、生活を賭けて小説を書くなどという、俗流信仰ではない。ましてや、生活の断片を書いて、生活を書いたつもりの人たちとも関係ない」

 

駅前にたむろしていた労働者たちは、ひどく臭った。鼠やゴキブリが当然のように潰れていた、「1分で射精できたから賭け金全部俺のものだよな」と言いながら精液で汚したソックスを脱ぐ男がいた、蒸発した汗の行き場をなくした部室を思い出した。

一見、彼らより清潔な俺は、口から尻から、つまり体内から悪臭を放っている気がしてならない。

 

「したいことだけしてたい 痛いのは余り好きじゃない 期待通りに思惑通り 夢を叶えて」