夢は愚かな避難所

一生見られそうもないものなど、見たいとも思わぬ。

青春ノイローゼ ©みうらじゅん

今月の初め。

 

何からの帰り道だったのかももう覚えていないけれど、自宅マンションの前の道を歩いていたら、2階南側の角部屋の窓がびっくりするほどエッチな桃色に光っていた。何事かと立ち止まって見てみれば、それは窓ガラスの内側に張られたピンクのベッドシーツが部屋の灯りに照らされているの光景だった。布の外縁がくしゅくしゅしていることから右側の窓ガラスはベッドシーツに、右のそれより分厚い布であることから左側の窓ガラスは布団カバーに、外からの視線を遮る役目を与えられていることがわかる。恐らく引っ越したばかりの若い女の子(であってほしい)が。カーテンを買う間もなく上京してしまったがゆえに、部屋について「あ、カーテン買ってなかった……」と思って仕方なしにワンセットしかなかったベッドシーツと布団カバーをカーテン代わりに使ったんだろう。

 

思い出す。俺も上京して部屋に入って初めて「カーテンって自分で買わなくちゃならないんだな」と気づいたが、あの町のどこにカーテンが売ってるのかなんて知らなくて、2日間くらいはダンボールで窓を覆っていた。

 

次の日、最寄駅から自宅マンションに至る道のりの最後の交差点で信号待ちをしているときに、ピンク色の光を思い出して足の運びが忙しくなる。再び2階南側の角部屋の窓を見ると、なんてことはない言うにも及ばないつまらない色味のカーテンに代わってしまっていた。

 

いつまでもダンボールではいけないと、ホームシックに重たい体を動かして買ったカーテンは、遮光カーテンに買い替えた折に捨てた。もうどんなカーテンだったか忘れた。

 

カーテンの代わりにダンボールを使っていたことも、ピンクのベッドシーツを見るまで忘れていた。

 

すべてを忘れることも、すべてを思い出すこともできない。かといって未来は、