夢は愚かな避難所

一生見られそうもないものなど、見たいとも思わぬ。

恥ずかしくない?

駅の反対側のスーパーの帰り道、かすかにノイズが聞こえる。水道管の中を水が流れているみたいな音。

駅の反対側、とは言っても、その駅は自宅の最寄り(と不動産屋が定めた)駅のことで、渋谷に向かうとき、最寄り駅(自宅から徒歩7分くらい)の次に各駅停車の電車が停まる駅(自宅から15分くらいで着く、不動産屋の定めた最寄り駅は、実に正しい)と自宅の間くらいに、そのスーパーはある。このスーパーに行くようになったのは、隣駅の名前を冠したツタヤの方が最寄り駅の名を頂いたツタヤより安くでDVDを貸してくれるということを知ってからだろう、その安くで借りれるツタヤからの帰り道にそのスーパーがあって家の近くにもけっこう安くで物を買える店があるんじゃないか! と嬉しかった。しかもそこにはかわいい店員さんがいる(いまどき珍しくレシートには店員のフルネームが印字されるから、おれは彼女を「知っている」)。
おまけに。ラッキーなことにそのスーパーにはおれの大好きな「シベリア」が売っていて、だからよく来る。シベリアが食べたい日には隣駅で降りて歩いてこのスーパーに寄りながら帰る。今日はシベリアがなかった。遅い時間に行くと売り切れるのか、棚から消えていることが多い。早い時間に赴いても見当たらないこともあるけど。


ノイズがだんだん大きくなる。水道管の中を動く水のように聞こえていた音がひとつひとつ粒だって聞こえてくる。多分、火事を知らせるアラーム。だんだん音が大きくなるってことは火事が起こっているかもしれない場所におれが近づいているってことなはずだけど、向かい側から歩いてくる人たちはいたってふつうの顔。そりゃそうか。

自分の家に近づくに連れてその音が大きくなってくるから、おれの鼓動も少しだけ大きくなる。自分の部屋が燃えるのは嫌らしい。

しかしそのアラームをビリビリ鳴らしていたのは近所のわりと豪華なマンションで、住民の方々が心配そうにたくさん並んだ大きな窓ガラスを見つめている。わりと若いカップルもいて、こんな人があんな2LDKはあるマンションに恐らく自力で住んでいるのはなんとも立派なことだと落ち込む。おばさんもお兄さんもお母さんも服装だけだとおれと変わらない。とはいえ彼らのは家着だろう。


ワクワクしてくる。どこの部屋からも火の手はあがってなさそうだ。早くバックドラフトしないかな、と、ワクワクしてくる。かといって立ち止まって野次馬に加わるのも気が引ける、いったん両手を塞いだ買い物袋を家に置いて、一本酒を煽ってから再び歩きながらマンションを眺めに行った。まだ爆発していない、火の手も上がっていない。杞憂かな、と思いながら、立ち止まってマンションを見上げるのはやっぱりなんだかできなくて、そうだ、と思い立ち、ずっと発券していなかったライブチケットをもらいにコンビニに行きながらも、おれの野次馬はしっかり猛りつづけている。


無事に発券完了、三度マンションの前を歩くと、どうやら何事もなかったらしいことがわかった。おじいさんが警察官に「もう入っていい?」と聞いて、許可されていた。マンションを見上げていた人たちが次々と去っていく、あれ、マンションから遠ざかっていく人も案外多い、みんな野次馬であることを少しも恥ずかしがらないんだな、野次馬だもんな。

マンションの前の通りを左に曲がって自分の家に向かうところで、上下スウェットにadidasのサンダルをつっかけたおじさんが、左手に銀色のボールを、右手に泡立て器を持って多分ホットケーキミックスと牛乳をかき混ぜながらマンションの方向へ向かって歩いていった。
住人か、遅れてきた野次馬か、は、わからなかった。


火事は見れなかったけど、ずっと発券できていなかったチケットを手にできたし、まあいっか。



なんかさ、ライブチケットの発券って、恥ずかしくない?